『エリザベス』

キワモノになりそこなった”歴史大作”

オヤジはだいたい歴史モノが好きである。大中小企業の社長や専務といわれる人達の
愛読書は、たいてい司馬遼太郎か山岡宗八、海外赴任経験があるイヤミみたいな連中
なら塩野七海かプルターク、ガリア戦記というところだろう。この手の本を読んでる
経営者は、たいていの場合自己と小説の登場人物とを同一視しているであろう事は想
像に難くない。勘違いオヤジ社長が部下にいきなり『徳川家康全18巻』を読めといっ
て差し出すくらいはカワイイものだが、「鳴かぬなら、鳴かせてみようホトトギス」な
どと言い社員をシメ始めるとキケンである。まあ一応は人の上に立つ者として、経営
者が歴史上の『偉人』と自分を同一視したがるキモチはわからんでもないが、大体洋
の東西を問わず“英雄”という人々は戦争大好で人殺など何とも思ってない連中ばか
りである。キリスト教徒をシメまくった秀吉と、学校に行った連中を皆殺しにしたポ
ルポトがどう違うっちゅうねん。偉いんやった何してもエエんかい!あ〜あ、腎臓売
れっちゅう日栄の社長もきっと歴史モン好きでっせ。

さて、10月のとある土曜日、有楽町マリオンで観たのがこの『エリザベス』である
。インド人が撮ったイギリス歴史モノという、普通に考えればブラックジョーク以外
の何者でもないキワモノ映画であるが、予告編で出てきた囚人の火炙りシーンに監督
のサドっ気を多いに感じたので、こりゃ残虐シーンテンコ盛りのB級映画に違いない
とワクワクしながら昼下がりの有楽町に向かった。そして久々に銀座で映画を観るの
だという昂揚感からか、貧乏をかえり見ず今回なんと指定席を奮発したのであった(
当然夕食のグレードは下がったが)。さて大枚3000円を叩いた席であったが、廻りを
見回すと雰囲気がヘンなのである。どの席もオヤジ+若め女性という組み合わせなの
である。男性の方は紳士然(カンオケに片足突っ込んでる様な風情ではあったが)と
した、有り体に言えばモロ中小企業の経営者か、三流大学の助教授風ばかりなのであ
る。対する連れの方は秘書兼愛人かOL崩れ同伴水商売風、はたまたランバブ嬢兼女
子大生といった風情、何故何故どうしてこの映画に来たのか、私の妄想はたちまちに
して膨らみ、瞬時に以下の様な光景が想像された。
「あ〜、カワシマ君(注・学生の名)、この映画を今度のゼミのテーマにしようと思
うんだが、事前に調べておこうじゃないか(グフグフ)」、「アケミちゃん(注・秘書
の名)アケミちゃん、ボク今歴史モノに凝ってるんだよね。やっぱ経営者は歴史上の
人物に詳しくなくっちゃ。チケット2枚とっておいてくれる

妄想はさておき、こうして映画は静かに始まったのであった....が、

つまんねーよ、この映画!!

さすが指定席、カンオケに片足突っ込んでる様なジジイ経営者がそのまま安楽死出来
る様なリラックス設計、ケイト・ブランシェット演じる少女エリザベスが即位するま
での展開は、あまりのタルさに思わずレム睡眠状態。期待の火炙りシーンは冒頭でさ
っそく出てきたけど、メアリーが新教徒をシメまくるシーンはこれっきり。仮にも『
ブラッディ・マリー』と呼ばれたオバハンじゃろうが、もっと残虐に新教徒をいたぶ
らんかい!!イングランドとスコットランドの戦闘シーンもなし、気が付けば女子供
が野原にくたばってるシーンだけ、やはりこの映画の反響にビビッたプロデューサー
が制作費をカットしたのか?ローマからやってくる暗殺坊主が、正体がバレて拷問さ
れるシーンもほんのワンシーンだし、どう見ても『ゴッドファーザー』のパクリであ
るクライマックスの反逆者一斉検挙&死刑のシーンも妙にあっさりしていて、カタル
シスに欠けるしなあ。

結局ストーリーを要約すると、純情な少女がワケのわからないうちに権力闘争に巻き
込まれ、スペインのスケベジジイやフランスの変態オンナたらしに言い寄られ、信じ
ていた恋人は女中と乳繰りあった挙げ句彼女を裏切り、そのトラウマから男性不信に
なり、服装倒錯に走って生涯独身を宣言し、その後他国をシメまくる独裁者になりま
した。ちゃんちゃん、という風になるのだが、イギリス人にとってエリザベス一世の
生涯は、日本人における信長や秀吉の生涯と同じ位ポピュラーなのか、簡単な歴史的
背景の説明が冒頭にある以外には、込み入った登場人物の関係がとても解り難い。こ
の映画は歴史の本を読んでから見ましょうね。

それにしても、せっかく監督がインド人で主演がオーストラリア人のキワモノ映画な
んだから、『イギリスが王室とかいってエバってるけど、所詮は成り上がりのイナカ
もん、こういう連中が権力を持ったばっかりに、帝国主義でアジアやアラブやアフリ
カをシメまくり、世界中に紛争の元を振り撒いたのじゃあ、反省せんかい』とイギリ
スの非道をクローズアップ、火炙り拷問処刑シーンのオンパレード、流血ドバドバの
戦闘シーン、権謀術数渦巻く王室モノらしく暗殺シーンもふんだんに盛り込んだ一大
娯楽作品にすればよかったのに。所詮は映画なんだから、文芸大作を気取って辛気臭
いリアリティを追求するよりも見せ場を作れよなあ。同じイギリスの歴史モノなら、
娯楽に徹してる分『ブレイブハート』の方が100万倍オモシロイ。シェカール・カ
プール監督は「話がきたときは何かの間違いかと思った」とインタビューに応えてい
るが、エンターテイメントにも文芸作品にもなれないこの映画を見てると、この監督
を指名したのは、野村阪神と同じくらいの間違いだったと思うぞ。

最後に、現在の世界の紛争は、だいたいイギリスが原因と見てまず間違いない。イン
ド・セイロン(スリランカ)は言うに及ばず、アラブ諸国とイスラエルの紛争、アフ
リカの民族問題、だいたいアメリカで白人がインディアンを虐殺しまくったのは、イ
ギリスが新教徒をシメまくったからじゃないの。ああ、これを見て冒頭の単純な思考
回路の経営者連中が、『やはり経営者は時に非情でなくてはいけない』などと妙な気
を起こし、反抗する社員を粛正しまくる事などがない様、切に望むばかりである。




 
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