『ディープ・ブルー』
スティーブン・スピルバーグという監督は、つくづくエラかったと思う。最近はアカ デミー賞狙いミエミエの戦場モノとか、特撮CGテンコ盛りでも中身スカスカの恐竜も んといったものばかり撮って、ハリウッド保守本流王道をひたすら突き進んでいるが 、彼の輝かしいキャリアの出発点とも言うべき大傑作『ジョーズ』には、後の彼の娯 楽映画のエッセンスの全てが集約されていると言ったら言い過ぎであろうか。作家は 処女作を越えられないというのも良く言われるテーゼであるが、スピルバーグの場合 も『ジョーズ』がやはり現時点での彼の最高傑作だと思う。(『ET』があるじゃん、 という声が聞こえそうだが、やはりガキにオモネった映画はイカん。『宇宙は一つ、 人類も異星人もみな兄弟』というギャンブルの元締めが説いている様な小賢しいテー マは今にして思えばベタ甘である。余談になるが、筆者はこの映画あたりからスピル バーグの幼児退行化が始まったと考えている。あ〜あ『フック』は最低だよなあ) さて、ジョーズが撮影された当時、CGなどは当然なく、巨大な鮫を表現するためには 模型か着包みを使わざるを得なかった。巨大な鮫を水中で人間と芝居させる事は最後 まで難題として残ったらしい。ところがスピルバーグはエラかった。こんな不利な状 況を逆手に取って、劇中でジョーズの姿をなかなか見せずに、巨大な鮫の見えざる恐 怖を、音楽とカメラワークによって巧みに演出していたのであった(頭部のみ現れる ジョーズだが、ウレタンとラテックス製のこの模型は、水を吸い込んで操作出来なく なってしまうため、出来るだけ急いで撮影する必要があったとか)。敵(?)の姿を なかなか見せないという演出上のこの手法は、後年ありとあらゆる作品でリスペクト されたが、最も正しくかつクオリティ高くスピルバーグ魂を継承していたのが『エイ リアン』であろう。あれもエイリアンは着包みであるが、初めて観た時怖かったのな んのって、映画館の椅子から思わず飛び上がってしまいましたがな。まあ要は模型や 着包みの特撮でも、役者の芝居と監督のウデでいくらでもコワイ映画は撮れる、っち ゅう事ですな。 さて、時は巡ってお金と技術は無制限(?)に使える、映画クリエーターにとっては 夢の様な時代となった。お金(とコンピュータ)を湯水の様に使ってカスみたいな映 画ばかり撮ってる監督(決して『I○4』の○―ランド・○メリッヒの事を言ってるワ ケであはありませんよ(爆))が多い一方、インディーズ出身の監督が持てる視覚的 アイディアを振り絞って撮影された、現時点で最もCGクオリティの高い作品が『マト リックス』である(と思う)。CG製作には監督(または視覚担当者)が溢れんばかり のビジュアルイメージを持っている事(『未来世紀ブラジル』の時代にCGがあれば! !)がいかに大切かというのを思い知らされたのが、『エアフォース・ワン』である 。緻密な構成と大胆な演出でかなり水準の高いアクション巨編だったにもかかわらず 、最後にジャンボが墜落する所で、思わず「カネ返せ(そーです、劇場で見ました) 」と叫ぶところであった。何が悲しゅうて『SKY TARGET(古いね)』の一面クリア画面を見せられにゃならんねん!!あ〜あ、金が足 らん様になったんやったら、無理してCGにせんと模型を使えっちゅうの。つくづく『 ライトスタッフ』はえかったよなあ、でもH2ロケットまた落ちちゃったよ、と余りに 口惜しかったから、つい愚痴ってしまいました。 で、やっと『ディープ・ブルー』である。 レニー・ハーリンという監督はどーしよーもないB級監督である(と思う)。『ダイ ・ハード2』と『クリフハンガー』は確かに面白かったが、その他の作品は殆どがカ ス、いつもセット(それも爆発用)にはお金をかけてるクセに、脚本と演出を節約す るせいか、ストーリーは深みがない、キャラクターの造形は薄っぺらで、結果として 作品はいつも大味、まあ一定の観客は入るみたいだから、ハーリン先生が第二のマイ ケル・チミノとなる可能性は無いだろうが、かつて日本の辛口映画ファンが喝采を挙 げた『ショウビズTODAY』なら、彼の作品を“野球場のホットドッグよりも大味な演 出、ティッシュペーパーより薄い脚本”とコキ降しまくるはずである。今回の『ディ ープ・ブルー』の前に撮られたのは『カットスロート・アイランド』だったが、これ も爆破シーンばかりハデな超B級冒険活劇であった。大体ヒロインがジーナ・デイビ スってのが良くないよなあ。マシュー・モディンなんかすぐ喰われちゃいそうだった もの(喰ったけど)。『ロング・キス・グッドナイト』も全然ダメ、あれってか弱い女 主人公が実は...の筈なのに、彼女だったらいきなりナイフ投げてきそうだもんね (投げたけど)。ハーリン先生彼女と別れて正解でしたぜ、もし今回も彼女がヒロイ ンだったら、筆者はこの映画見に行かなかったであろう。 ああ、なかなか映画本編に到達しない。許してくださいね皆さん(爆)。どうも映画 の周辺について言いたい事が多いもので....で、最初に言っておきますと、この 映画悪くはないけど、とりたてて強調するほどは面白みに欠けるなあ、というのが正 直なところ、やっぱCGのサメじゃ迫力不足は否めない。ただ登場人物が次々と容赦無 く鮫に喰われてしまうところはインパクトあり。そうですなあ、辛みは効いてるけど 旨みに欠けるというパチモンインドカレーといったところでしょうかねえ。 太平洋の沖合いに浮かぶ研究施設・アクアティカ、ここでは獰猛なアオザメからアル ツアイマー病の治療薬を抽出する研究が行われていた。既に200億ドルもの投資がさ れながら、一向に成果が上がらない状況に業を煮やした社長は、秘書も連れずに嵐が 近づく施設にやってきた。ちょうど週末で職員の大半は陸に戻り、残っているのは社 長を含めて計7名。社長の前での実験、麻酔をかけた鮫の脳から物質の抽出に成功、 治療効果も確認されてメデタシメデタシのはずであったが、突如麻酔から覚めた鮫( シャレじゃないよ)が一人の研究員の腕を喰いちぎった。あわてた残りのメンバーは ヘリを呼ぶのだが、これが大いなる惨劇を巻き起こすのであった..... やっぱあったよ、ハデな爆発シーン。最新の研究施設があっという間に木っ端微塵、 さすがハーリン先生、どうせ爆破するセットなのに相変わらずエラい金かけてまんな あ。それに対して肝心のサメは殆どCG、まあ本物使ってブリジッド・バルドーから掛 かってくる抗議の電話の金切り声を聞きとう無いっちゅうのんはよう解りますが、も うちょい本モノ使こうたんが良かったんとちゃいまっか?あと鮫飼うんやったら海の 真ん中でなくてもええやん、実験室を水中に作らんでもええのに、あんなデカい鮫が 狭いハッチくぐれる筈ないやん、鮫の脳ミソ取るんやったらブチ殺してから解剖すれ ばええやん、暴風雨の中でヘリコなんか飛ばさんがな、とツッコミを入れたらキリが 無いので細かくは言いませんが(爆)、ハーリン先生は全部強引に押し切ってストー リーを進めるのであった。そしてこの映画は今までのあらゆるパニックムービーの美 味しいとこ取り、冒頭のシーンはまんま『ジョーズ』だし、水中を逃げ廻るのは『エ イリアン3』、次々と鮫に喰われて『ジュラシック・パーク』、水が溢れて『アビス 』か『ザ・デプス』、最後に鮫との対決はまた『ジョーズ』といった具合、アクショ ンシーンにこれといった目新しさはない。さっきも書いたけど、肝心のサメがCGで描 かれてるのがバレバレ、せめて人間を喰うシーンくらいは模型を使った方が良かった んじゃないかなあ。(腕が喰い千切られるシーンは迫力あるけど) これってやっぱりフランケンシュタインものだよなあ。被創造物の創造主への反逆と いうテーマ、大抵の映画では“神の領域である生命を操作する人間はその報いを受け るのじゃ”と言うキリスト教道徳的な説教メッセージを押し付けてくる所だが、さす がはハーリン先生、この騒動の当事者を鮫に喰わせて一件落着させているのは流石で ある。ところでこの鮫、DNA操作で大脳をイジリたおされた結果、“人間より賢く” なってるらしいが、全然そう見えない。成り行き任せで人間を追いかけ廻して喰いま くってるだけ、だから詰まらん死に方するんじゃないか(あ、これはサメの側のハナ シ)、大体海に帰りたいだけやったら、人間と話し合いでも何でもしたらええんや、 それとも鮫としてのアイデンティティに目覚めて、これまでフカヒレスープにされた 仲間のカタキを取りにいったか(爆)? それにしてもハーリン先生ってば、相変わらずブラックな笑いがお好きな様ですなあ 。最初の犠牲者は腕を喰い千切られ(タバコは喫煙室で吸いましょうね)、担架に縛 り付けられた上、空中から海に落とされ、挙げ句の果ては鮫に咥えられて研究室のガ ラス割りに使われる始末、『唐獅子株式会社』のブルドッグかっつーの。名優サミュ エル・L・ジャクソン演じる社長は、一人冷静に「ケンカなんかしてないで、皆で逃げ 道を探そう」とか言ってる最中にアタマから喰われちゃうし、「このデータを持ち帰ら ないと、皆ムダ死によ」とか言ったすぐ後にデータは黒コゲになるし....そうそう 、コック役でラッパーのLLクールJがいい味出してます。「死にイミなんてないさ」そ うそう、その通りですぜ、旦那。 ところで、このレビューを書くためにweb上でハーリン先生の経歴を調べたが、“何 故か”『フォード・フェアレーンの冒険』が落としてあるのだ。これ一週間で打ち切 りになった作品だからなあ、誰にでも消したい過去というのはある様ですね(大爆)。